何が起きたら好きなモノが嫌いになるのか

雑談
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どーもヨーラです。

芸能人が薬物やら大麻やらを使用していて逮捕されたりするじゃないですか。それに対して、

見損なった

信じてたのに

ねこ
ねこ

もう嫌い

みたいなコメントが出たりすると思うんですけど、好きな人、モノが嫌いになるきっかけってなんなんだろうなとふと思ったので書いてみました。

ちなみに元からたいして好きじゃないとかアンチコメとかそういうのは今回含めてませんのでよろしくです。

好きだったモノが嫌いになってしまうきっかけ

好きだからこそ許せることもあるはず

「君が言うなら仕方ないなぁ」みたいなことってありますよね。あの人が言ったら腹立つけどこの人なら許せるみたいな。これって身近な人ならその人との距離感、築いてきた人間関係に左右されると思うんですけど、有名人と人間関係は基本的に築けないですからねぇ。「何があっても応援します!!」みたいなのもよく見るけど、あれってファンとしては良いかもしれないけれど、どうなんでしょうねぇ。

 

好きだからこそ許せないこともある

これはね、「裏切られた」みたいな感覚でしょ?「信じてたのに」みたいなやつでしょ?期待しちゃうとこういうことになってしまいますよねぇ。「依存」ともいいます。こう考えると、好きだったモノやヒトが嫌いになるかどうかは、「依存していたかどうか」に関係してくるんではないかなぁと思えてきました。依存してなかったら、その場を離れれば良いだけですもんね。

 

ヨーラの場合

好きなバンドやミュージシャン、タレントさんは何人かいますけど、もしその人がなにか問題起こしたとして、たとえば薬物事件で捕まったとしても、その人に対する目の向け方は変わらない気がします。というかそもそも全部見えてる気になってるのが傲慢というもので、今まで見えてなかった部分がちょっと見えただけだと思うんですよね。

それよりもやっぱり、身近な人が思わぬ一面を見せたとき、それがけっこう攻撃的な一面だった場合はちょっと驚くかなぁ。「今までのあれもこれも全部、それが目的だったのか。。。!」みたいな。漫画の読みすぎですかね。

ただそういうきれいじゃない部分ってのは誰しも持ってるもので、それがちょっと見えてしまったときというのは失敗しただけな気がしているので、見て見ぬふりをして今まで通り接することができる人間でいたいなとは思ってます。理解できたらそれが一番良いけど、理解されないと思われてたから今まで見えてこなかったんだろうし。もしそこで理解できてそれをお互い受け入れられたら、それは素晴らしいことなんじゃないかなと。漫画の読みすぎですかね。

 

おわりに

好きも嫌いも紙一重!

 

このブログを書いている人

ヨーラ
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ヨーラです。音楽やってますがラーメンと野球が好きです。 ツイッターフォローしてね。
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