『本気かどうか判断するために反対する』は自分は違うと思う理由

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どーもヨーラです。

自分のやりたいことや夢を、親や家族、友達に話したとき、こういう経験や光景を見たことはありませんか。

 

本気でやりたいのか試すためにあのとき反対したんだ

 

とか、

 

反対されて辞めるんならその程度の気持ちだったんだよ

みたいなの。これって一理あるようで、僕はこの対応はしたくないなと思ったのでその理由を書いてみます。

『本気かどうか判断するために反対する』が違うと思う理由

『やりたいと思った』その気持ちがすでに尊い

情報過多のこの時代、そして勘違いしづらいこの状況で、「やってみたい」という気持ちが芽生えたら、それがすでに財産というか、尊いと思うんですよね。

こんだけ受け身の娯楽が溢れていたら、受け続けるだけで、受け流すだけで人生が終わってしまいます。(それを否定しているわけではないですよ)

そんななかで「ギター弾いてみたい」とか「漫画書いてみたい」とか「漫才やりたい」とかなんでもいいけど、規模の大小にかかわらず、できるものであればやってみたらいいと思います。

始めるのにお金が多少かかったりもするでしょう、言い出したのが子供の場合、それを出すのは親なので、なんでもかんでも出すわけにはいかないのはわかりますが、そのへんはコミュニケーションをしっかりとってあげてほしいなと。僕は誰目線なんだろう。。。

 

周りが反対してもしなくてもやめるときはやめる

周りに応援されて何かを始めたあとに自分でやめてしまうと、続けられなかった自分という結果が残るので反省したり次に活かそうとしますが、周りに反対されて始めるのをやめると、その後やっぱりやりたいなと思ったときに周りのせいにしがちで、なんなら価値観も周りに委ねがちになるんじゃないかなぁと最近思いました。

自分のやる気で始めて自分のせいでやめる、という経験はなるべくたくさんしておいたほうが良いんじゃないかなと思います。そういう経験が足りない中で大人になっちゃうと、全部人のせいにする大人が出来上がる気がしてる。

 

結果が出たときに感謝されない

夢を叶えたり結果を出した人がよく、「昔からずっと応援してくれた家族や友人に感謝です」とか言うのって、あれは本心だと思います。周りで反対したり馬鹿にしてくるような人のほうが大多数なんじゃないかな。あのイチローさんですら”人から笑われ続けた野球人生だった”と会見で答えてますし。

結果を出した後に、冒頭のような「本気でやりたいのか試すためにあのとき反対したんだ」と言われたりそのような態度をされても、「あ、この人は結果だけ見て判断する軽薄な人なんだな」としか思えないです。

感謝されるために応援するわけではないですが、人に感謝して感謝されるような人間になりたいなぁと僕は思います。

 

おわりに

というわけでもし本当にやりたいことがあってそれに反対したりバカにしたりしてくるような人がいたら、最初から相手にせず、自分の責任でやりましょう。そして周りで何かを始めようとしている人がいたら、もう手放しでポジティブな言葉をかけてあげたいなと思います。

どうしても賛同を得なければならないときは(親とか)、頑張ってリサーチとプレゼンをするしかないですね。思春期の僕には無理でしたが。。。ではまた。

このブログを書いている人

ヨーラ
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ヨーラです。音楽やってますがラーメンと野球が好きです。 ツイッターフォローしてね。
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